「自分軸で生きる」 

誰だって自分を知る旅の途中 だからこそ自分を知ることの楽しさを伝えるブログ

令和の夏が、もうすぐ始まる!

グロースセミナーの、下見兼現地各機関へのあいさつ回りに行ってきました。

 

毎年夏に行われるグロースセミナーですが、その前に必ず一度士幌に訪れます。

 

オヤジたちの協力を得ながら、士幌農協、士幌高校、士幌交通、そしてヌプカロッジに、「今年もお世話になります」とお願いに上がるのです。

そして、夜はオヤジたちと飲み交わす。

 

ボクが一年のうちで、オヤジたちとゆっくり話せる唯一の時間です。

 

今年は、第1回のグロースに参加したMICHIYOが同行し、なんと彼女は、今年のグロースにわが子を参加させます。

 

グロース初の2世代目の参加。

 

30年やっているからこそ、こんなすごいことが起きるんですね。

 

さて、当日士幌は土砂降りの雨。

 

挨拶を済ませ、ボクは毎年、「みずならの大木」を訪れます。

 

と言っても、何度かの落雷の末、数年前に倒れてしまう、今はその巨大な体を大地に横たえています。

 

それでも、森は死なず、その幹からは新たな命が空に向かって伸びています。

 

みずならの木は、ボクにとって、おそらく子どもたちにとっても神聖な存在でした。

今年の夏も、この大木までのナイトハイクは実施します。

 

その後には、農村自然公園の中を合羽を着こんで歩いて点検。

 

というのも、森の中の木道は傷みやすく、子どもたちが歩く時の注意点を事前にチェックする必要があるからです。

 

なんと、その雨の中、木道整備の方々が修繕をしていました。

 

知り合いではありませんが、毎年この場所を歩かせていただいているNPOです、と声をかけると、

 

「夏に子どもたちが来るというので、それまでに修理を終えておきます」

 

ありがたいお話です。

ボクたちのために?準備が進んでいるとは。

 

オヤジたちとの飲み会では、毎度オヤジたちの熱い熱いグロースへの愛情を受け取ります。

 

「しばちゃん、しっかりやってよ、今年も!」

 

何よりのお言葉です。

 

富さんは70歳を超えました。

 

貢さんも60代後半。

 

ボクとオヤジたちの高齢化は避けられないものの、気持ちだけは何も変わらずに、子どもたちへの愛情を熱く語り合いました。

この人たちがいなければ、グロースはここまで続けることは出来なかった。

 

今年も、素晴らしい体験ができるように、準備が始まった!

 

カラダの準備も始めなければ!

 

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士幌農村自然公園 入植以来の原生林

 

 

 

 

 

『評伝 昭和の女傑 松田妙子』

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『旺盛な欲望は七分で抑えよ』


手元に一冊の本がある。

 

先日、「お別れの会」で頂いた。

 

松田妙子氏の評伝である。

 

昭和を生きた、いや未来を作り出したと言ったほうが間違いない、女傑。

 

この本は読み始めたばかりだけれども、お付き合いはもうかれこれ10数年になる。

 

アートセラピーは、日本では正式な資格として認められていない。

どこのスクールも、自分で認定を出すことぐらいしかできないし、クエストも当初はそうだった。

 

当時、文科省の外郭団体だった(現内閣府所管)、生涯学習開発財団の理事長であった松田妙子氏から、

アートセラピー、いいじゃない、がんばりなさい」

という言葉をいただき、財団の認定を出していただけることになった。

 

豪快で、歯に衣着せずに発する言葉は、時に厳しく時にやさしさのあふれたものだった。

 

アートセラピーは、現代人のストレスケアにとても役立って、、、、」

と言いかけると

 

「 Stress !  What !  ストレスの何がいけないの?ストレスは生きていくのに大事なのよ、ストレスを悪者にするのは許さないわ!」

 

90を間近にした女性とは思えないほどに、ピシャっと言い放っていた。

 

92歳になる今年、お元気なまま、ご本人の言っていた通りに「ピンピンコロリ」で、あっという間に旅立って行った。

この世でのお役目にけりをつけたのだろうか。

 

先日のお別れの会には、会場から人があふれるほど。

献花台の遺影は、今すぐにでも何かを話し始めそうだった。

 

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若かりし頃の理事長。まさに才媛。

 

戦後まもなくアメリカにわたり、大学卒業後に米NBCに勤務し、プロデューサーとして辣腕を振るう。

 

まだ、女性が働くこと自体がまれだった時代の、昭和30年代の話だ。

 

帰国後は、日本の住宅建築に一石を投じたツーバイフォーを普及させ、エイジレスの課題に取り組むために「生涯学習開発財団」を設立した。

 

現在放映中の大河ドラマ「いだてん」に登場した、大森兵蔵と安仁子は、彼女の叔父と叔母である。

 

数々の功績を残し、藍綬褒章昭和天皇から授与されている。

 

もう、理事長にはお会いできないけれども、ボクの耳にはいまでも声が響き残っている。

 

「いいじゃない、しっかりおやりなさい!」

 

理事長、ありがとうございました。

 

合掌

 

 

 

 

 

読み終わりたくない本

読み始めて物語の終盤に差し掛かって、もうすぐ読み終えてしまうさみしさを覚える時がある。

 

物語の世界にたっぷりと入り込み、その世界の住人の考えや感情に共感し、あるいは反発しながら読み進む。

 

久しぶりに文庫上下巻を一気に読み終えた。

 

蜜蜂と遠雷恩田陸

物語はピアノのコンテスト。

 

超絶技巧のピアニストたちがしのぎを削る。

 

クラシック音楽に詳しくないのだけれど、読みながら、その音楽に触れたくなる。

 

YouTubeを酷使して、登場する楽曲を検索しては、にわかクラシックファンになる。

 

第1次予選、第2次予選、第3次予選と、登場するピアニストたちのコンテストに賭けるそれぞれの思いに触れながら、数百年前の音楽に触れる。

 

バッハ、ショパンラフマニノフドビュッシー、リスト、チャイコフスキープロコフィエフなどなど。

 

以前にも、高校のブラスバンドを舞台にした『楽隊のウサギ』中沢けいに、涙したことがあるのを思い出す。

 

庄野英二の『星の牧場』では、読みながら聞こえないはずの音楽が聞こえてきた。

 

でも、『蜜蜂と遠雷』のスピード感と迫力にボクはすっかり魅せられてしまった。

 

出会いは、書店。

直木賞本屋大賞の両方を受賞したということで、平積みどころかひと島まるごと、これでもかっていうほどに、この上下巻で埋まっていた。

 

音楽はもともと大自然の中ににあったもので、知らないうちに人間の社会の中に閉じ込めてしまった。だから、音楽を外に連れ出す、という登場人物の言葉は心に残る。

 

物語は、本当に心を豊かにしてくれる。

 

本を読んでいる時間が好きだ。

「ヨイショッ!」の考察

どうでもいい考察です。

 

立ち上がろうとするとき、

重い荷物を持ち上げようとするとき、

精いっぱいの力で何かをしようとするとき、

「ヨイショッ!」

「ヨッコラショ!」

 

と、一声かけることは誰にでもある。

それも、言おうとしているわけじゃなく、自分の口をついて、つい出てしまう。

 

気を付けて一日を過ごしていると、結構使っていることに気付く。

 

でも、最近おかしなことに気付いた。

 

おおむねこの「ヨイショッ!」「ヨッコラショッ!」は、力を入れる時に使うのが普通だ。

 

若かったころに、使えば、

「おじさん、おばさんみたいだ」とか、「年より臭い」とからかわれた。

 

最近耳にするのは、たとえば、近所のコンビニの、レジ打ちのアジア系の男の子。

コーヒーの紙コップを取るときに「ヨイショッ!」

タバコを取るときにも「ヨイショッ!」

 

つられて、隣の女子もレンジの扉を開ける時に「ヨイショッ!」

 

打ち合わせでよくお会いするIT系の方も、ノートパソコンのキーボードを打つたびに、

「ヨイショッ!」

 

最近では、「オッショッ」とか、「ヨイサ」なんて言うのも、耳に飛び込んでくる。

 

どうやら、最近は、特に大きな力入れる必要のない時にも、

「「ヨイショッ!」は、使うようだ。

 

ためしに、耳をそばだてて、自分も何度も言っていることに驚いてほしい。

 

宅配のお兄さんが差し出す受領書にハンコを押すときに「ヨイショッ」

ついさっきも、このブログのページを開くときにマウスを操作しながら「ヨイショッ」と口に出てしまう。

 

以上、くだらない独り言でした。

 

それではそろそろ「公開ボタン」を

ヨッコラショッと。

 

 

同窓会

連休最後の5月6日。

 

30年前に始めたグロースセミナーの同窓会があった。

 

子どもたちの自立のためのセミナーを、大自然の中で、、、、

そんな思いをもって、30半ばで思い立って始めた。

 

長く続けようと思っていたわけじゃないのだけれど、毎年毎年多くの人たちのボランティアと一緒に繰り返していたら、気づいてみたら30回目の今年を迎えた。

 

普通の同窓会は、年を重ねた同年代が集まるのだろうけれど、グロースの同窓会は、年齢が様々。

 

昨年初参加の1年生もいれば、自分の子どもを今年参加させるOBもいる。

変わらずにいるのは、士幌のオヤジと長ーくかかわり続けてくれているスタッフ。

 

当日は士幌のオヤジや、留学先のNZにいるOB、福島からの参加者たちともオンラインでつなぎ、60人以上集まってワイワイガヤガヤ。

 

長年関わり続けてくれているNが作成してくれた30年分のスライドショーは、感慨深かったなぁ。

 

いろんなことがあって、数えきれない感動があって、たくさんの子どもたちの本気のチャレンジがあった。

それを支えるスタッフや士幌のオヤジたちの熱い熱い想いがあった。

 

そして、そのすべてを受け止めてくれる十勝の大自然が変わらずにある。

 

30年分をかんたんに語ることはできないから、ボクにできることは、今年のグロースも、子どもたちと真剣に向き合おうという新たな決意だけ。

 

グロースは、いつも「本気」を呼び起こしてくれる、ボクにとっても大切な時間なんです。

 

からだもしっかり、作らなければ!

 

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30年分の歴史

 

 

代書屋さんという仕事

昔、運転免許証の更新に鮫洲に行くと、周辺に「代書引き受けます」の看板がたくさんあったのを覚えている。

 

免許証更新に必要な様々な書類をかわりにタイプ打ちしてくれるので、助かっていた。

 

だから、代書屋という仕事はそういうものだ思っていたら、実は、手紙を代わりに書いてくれる、それも代理としてというよりも、依頼主の気持ちそのものになって、文字まで変えながら書き送る仕事があるのだということを知った。

 

本当にそういう仕事があるのかどうか定かではないのだけれど、小川糸さんの『ツバキ文具店』を読んで、いたく感激したのです。

 

糸さんの小説は、なんだか、読んでいるうちに時間の流れがとてもゆっくりと、そして丁寧に過ぎていく感覚を覚える。

 

以前読んだのは『食堂かたつむり

失恋の傷心で声を失ってしまった主人公が、ふるさとの山間に帰って、小さな食堂を開くお話。

 

今回の『ツバキ文具店』は、厳格なおばあさんから引き継いだ鎌倉の文具店で代書屋をやっているお話。

 

どちらも自分の持っているものを押し付けるのではなく、その軸はぶれないまま、客の要望にとても丁寧に応対していく。

 

セラピストもそういう仕事の一つだろうか。

 

型通りのやり方にこだわったり、自分の考えを主張をすることなく、でも軸はぶれないまま、クライアントの心に丁寧に寄り添っていく。

 

どちらも心打たれる作品です。

是非一読を。

 

そして、セラピストの仕事にも、ぜひ興味を持ってみてください、ね。

 

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小川糸さん『ツバキ文具店』 誰かに手紙を書きたくなった。

 

 

父との邂逅


ボクの父親は、20数年前に亡くなっているのだけれども、昨日その父の存在を久しぶりに味わった。

 

家には仏壇があって毎朝挨拶をしているし、時折墓参りもしているのだけれど、昨日は特別に父の人となりや存在をとても身近に感じることができたのです。

 

数年前に出会った、女性Aさん。

上品で明るくて、楽しい女性です。

 

ご主人が経営されている会社が青山にある、との話から、ボクも若いころに住んでいたのでつい、「どのあたりですか?」と聞いてびっくり。

 

ボクの父が所有していた土地を購入してくれた方だった!

そこには、1階から中2階までが西洋骨董で、それよりも上の階がオフィスというちょっと変わった3階建て。そしてその隣にある一軒家(ボクはその家の2回に住んでいた)があった。

 

Aさんの儀父さんが買い取ってくれて、1978年にその会社の社屋に生まれ変わり、以来変わらずに青いタイルの素敵な建物がたっている。

 

「あっ、その節はありがとうございます」と、深々と頭を下げられ、恐縮したのを覚えています。 

 

「その時に、お父様から頂いたお地蔵様は、今も大切にさせていただいてます」

 

ボクの父は、苦労していた若いころに、困ったときにはいつでも街角にお地蔵さんがいて助けてくれた、という理由で、お地蔵さんを信仰していた。

 

石仏やブロンズなど、ことあるごとに作家さんに作ってもらい、それをいろいろな方にあげるのも好きだった。

 

ボクにもブロンズのお地蔵さんや、大理石のお地蔵さんを渡された。

 

知らなかったのだけれども、その土地の売買の際に、石のお地蔵さんをプレゼントしていたらしい。

そんなことから、それ以来Aさんと親しくさせていただいていました。

 

昨日、その会社の50周年記念と、ご主人の旭日小綬章受賞のパーティにボクたち夫婦が招待され、きっと場違いになるから、と何度も遠慮したのですが、結局行くことに。

 

帝国ホテルのその会場には、取引先や業界の方々でいっぱい。おそらく1000人近くはいたのではないでしょうか。

 

いわゆる業界パーティのようなぎすぎすした感じはなくて、その会社が愛されていて、またご主人のあたたかな人柄があふれた、素敵なパーティでした。

 

Aさんも当然忙しそうだし、ボクたちは業界関係でもないので、会半ばで帰ろうとすると、Aさんが、「柴崎さんぜひご紹介を」と。

 

ご主人のご兄弟姉妹のご家族で埋まったその席に連れられていかれると、皆さんから

「あー、あのときの!」と興奮気味にあいさつをされたのです。

 

あの時に、あの土地を譲っていただいてから、、、、

あの場所を譲っていただけていなかったら、当社は、、、、

あそこに本社を築いてからわが社は、、、、

 

と、中には涙ながらに感謝の言葉を伝えてくれる方まで。

 

「家の庭に、頂いたお地蔵さまがあります」、とケイタイの写真を見せてくれた方も。

 

父は、みなさんに「ふるまう」のが好きでした。

今風に言い直せば、「与えるのが好きだった」ということでしょうか。

 

父を誇らしく思い、こんな不思議なご縁でつなげてくれた「おやっさん」を、昨日は肌で感じることができたのです。

 

今年の秋には、ご主人とAさんは所蔵しているアートを展示する美術館を開館します。おやっさんも、絵画芸術が大好きだった。

 

きっと、楽しみにしているに違いない。

 

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パーティなんて久しぶり IN 帝国ホテル