29回グロースセミナー最終日
東京では早朝から30度を超えるような暑さの中、士幌高原の朝は気温9度。
7時に起床し、朝食をとってから部屋の片づけや清掃をする。
10時30分にはこのヌプカを出発しなければならない。朝から忙しい。
ロッジ前に荷物出しを終えて、9時30分に高原の少し高台で集合する。
ここで、最後の実習「ミドルネームの宣言」をする。
ミドルネームは、苗字と名前の間に、自分の夢を実現するために大事な言葉を入れて宣言する実習。
自信
本気
あきらめない
全力
信じる
こんな言葉をミドルネームに選ぶ子どもが多い。
士幌の町を見下ろす高原から大声で宣言するのは気持ちいい。
ミドルネームを考える時間、そしてそれを全員が宣言する時間を考えると、ぎりぎり。
9時20分。
ボクが、高台で待ち受けていると、続々と準備を終えた子どもたちが上がってくる。
ところが、はるかロッジ周辺でリーダーたちが集まっている。
スタッフに様子を見に行ってもらうと、
「AOTが、ハンカチをなくしたみたいでリーダーたちと荷物の中を探している」という。
そういえば、AOTは小さなタオルのハンカチをいつも持っていた。
9時25分。
突然、リーダーから、
「みんなー、こっちに降りてきてー、AOTのハンカチがないから、みんなの荷物の中をさがしたいからー」と声がかかる。
全員がロッジまで行こうとするところを、すぐに止める。
「ちょっと待った! もう集合時間になるから一旦こちらに集まれ」
9時30分を少し回った頃に全員集合。
「リーダー、何が起きているのか教えてくれ」
すると、KOGが、
「AOTのハンカチがなくて探していた。」という。
AOTは、
「もともとなかったのかもしれないからもう大丈夫です」という。
KOGは、
「いや、AOTが持っていたのを僕は見ているから絶対にある。AOTの荷物の中にはなかったから、誰かの荷物に紛れているかもしれないから、探したい」という。
時間が、気になるけれども、うやむやにはできない。
「そうか、KOGは、探したいんだね?」
「はい」
AOTは「もういいです。大丈夫ですから」と何度も言う。
「大丈夫じゃないよ、ちゃんと探さなきゃだめだよ」と言う声がかかる。
他のリーダーは?と聞くと
KICは、
「全員の荷物を探すのは大変だから、AOTの近くにいた人の荷物を探せばいいと思う」
MIKも、同意見。
YUTは、
「今は探す時間もないし、家帰ってからでいいんじゃね?」と、合理的な意見を出す。
当の本人は、探さなくてもいいと言う。
リーダーたちの意見は、それぞれ。
そして現実はこのことを話しあっている時間があまりない。
「よし、整理しよう、KOGは、探したいんだね?それはどうして?」
すると、
「そのハンカチを持っているのを確かに満たし、絶対にあるんだから探したい」という。
リーダーたちの意見は、それぞれにAOTへの思いに溢れている。
「まぁ、まぁ、そこんところはいいんじゃないの?AOTもいいって言ってるし、ハンカチ程度の事なんだから」
と済ませることは出来るんだけれども、グロースでは、こういうことが起きたときこそ子どもたちにとっての大事な時間になる。
みなさんなら、どうするでしょうね?
その時のボクは、ひとりひとりの意見を聞き、ひとりひとりの意見に共感した。
リーダーたちは、それぞれ自分の考えを言い、その考えは、AOTを大切に思う気持ちが表れている。
誰の意見が正しくて、誰の考えが間違えている、なんてことは全くない。
こういう時に大事なのは、それぞれが、自分の考えをきちんと表明したこと。
だからこそボクには、それを判断することはできない。
できることは、それぞれの意見を尊重することだけ。
「KOG、KIC、MIK、YUT大事な意見をありがとう。ただ、残念だけれども、残された時間は少ない。この大事なことに簡単に結論を出すことは出来ないから、いったんしばしばに預からせてくれるか?」
うなづくリーダーたち。
「AOT、お前のハンカチのために、時間のない中でこんなに真剣にかかわってくれてるぞ。みんなになんか、言う事はないか?」
「ハンカチは持ってたのかどうかわかんないです。みんなで探してくれて嬉しいです。みんなも頑張ってください。」
???? このとんちんかんな応答がAOTのユニークなところ。
結構緊張した場面で、全体を一気に和ませてくれる。
つい「おいおい、お前のことだよ頑張るのは」と突っ込みを入れたくなるところだけれど、全員大爆笑。
一旦このことを完了して、大急ぎで、ミドルネームの準備に入る。
グループごとに、決まったミドルネームを宣言していく。
大声を出せる子もいれば、声を張りあげることの出来ない子どももいる。それでも順調に進んでいた、はずなのだけれども、CHRのところで、、、、止まってしまった。
あの、MTBの階段チャレンジで、なかなか踏み出せなかったCHR。
元々言葉は少ない。
宣言の場所に立ったものの、ずっと居心地の悪そうな様子で、宣言をしない。
しばらく待ってから、
「CHR、ミドルネームは決まってるのか?」
と聞くと、まだ決まっていないという。
「そうか、ミドルネームの宣言はしたいのか?」と聞くと、ゆっくりとうなづく。
「じゃぁ、決めて宣言しよう」とうながすものの、いくら待っても黙っている。
CHRは、ボクとはほとんど話さない。
けれども、グループの子ども同士や、サポーターに笑顔で話し込んでいる姿を何度も見てきた。
だからCHRには間違いなく表現する力はある。
でも、それまでの人生で、何かを伝えることをやめなければならなくなってしまった「何か」があったにちがいない。
過去の自分に囚われてしまうことは、誰にだってよくあること。
そのことで、つい
臆病になったり、
人を信じなくなったり、
弱気になったり、
ネガティブになったりする。
自己肯定感がなくなってしまう。
そしてそんな自分を本当の自分だと思ってしまう。
そんなはずはないのに。
CHRはまだ中学1年生だ。
いくらだって、新しい自分を生きることができる。
いや、もともとの自分を取り戻すことができる。
「MTBのときに、CHRは、新しい自分に会えただろ?今もそうだ。一歩踏み出して、また新しい自分に会ってみよう。しばしばがアイディアを出すから選ぶっていのはどうだ?」
CHRが小さくうなづく。
〇〇自分を信じるCHR
もうひとつは、
〇〇一歩踏み出すCHR
どうだ?
しばらくの沈黙ののちCHRは、小さな声で、
一歩踏み出す、を選んだ。
よし、それを宣言しよう。
このやり取り、気づいたらずいぶん長くやっていた。
その間、ボクとCHRのやりとりは、全く聞こえていなかったにもかかわらず、全員ずっとこのやり取りを見守っていた。
全員が、こういった瞬間を大事にしているし、
全員が、それを自分のことのように受け止めている。
CHRは、小さな声で、宣言した。
CHRが、勇気をもって一歩踏み出したことに、ボクはとても心動かされた。
CHRの宣言後、イントラ、サポーター、そしてボクも宣言をして、大急ぎでバスに乗る。
ロッジのスタッフの皆さんに手を振りながら、ヌプカを後にする。
あわただしくも、充実した5日間だった。
帰りのバスの中では、毎年恒例?の忘れ物の入った紙袋が置いてある。
名前が書いていない下着、タオル、ジャージや時には靴も。
袋の中を見ると「うん?」
「忘れ物があります!さてだれのかな?」
と、ボクが取り出したのは、あの、ハンカチ。
事情を察した全員が、大爆笑。
そう、AOTの、あのハンカチだ。
それだけじゃない。
ADIDASのソックス、タオル、ジャージ、次々と出てくるものはほとんどAOTのものだった。
ちゃんと、君は、みんなを笑顔でつなげてくれる。
楽しさの源だ!
バスの中は、5日間で子どもたちが作り上げた、あたたかで安心で、そして飛び切りの楽しさであふれている。
この帰りのバスの中で、うたた寝をするのが、ボクにとっての至福の時間だ。
29回目のグロースが終わった。